コアラ④ 「コアラと汚部屋というかゴミ屋敷」

 コアラの部屋は汚部屋というかゴミ屋敷です。まだ「汚部屋」という言葉が一般的になるずっと前のことだったので、ある意味コアラは時代の最先端を歩いていたことになります。
 コアラは独身で教員住宅に住んでいます。コアラは他人を家に入れることがほとんど無かったので、その生態はベールに包まれていました。ただ、用事があって訪ねていった人が「家に入れてもらえなかった。」とか「玄関先で話したけど物が多くてそれ以上入る隙間が無かった」とか野良猫が自由に出入りしているとか噂はいろいろとありましたので、みんな薄々そうじゃあないかと思っていましたけど。
 決定打になったのは、さるじろう先生が、コアラに頼まれてコアラの留守宅に財布を探しに入ったことです。ちなみにさるじろう先生の教員住宅はコアラの隣でした。
「もしもし。コアラですけど。」
「おう、どうしたんか。」
「ワシ今、広島に来とるんですけど、財布が無いことに気がついて。すまんですけど、家 に入ってベッドのところに財布があるか確認してもらえませんか。裏の鍵は開いちょり ますけえ。心配でやれんのですよ。」 
「わかった。」
こうしてさるじろう先生は、裏口からコアラの部屋に入っていったそうです。そのときの話を後日伺ったのですが、こんな感じでした。
「それで、財布はみつかったんですか。」
「財布らしき物はベッドの上にあった。でも見ただけで手にとって確かめられんかった。」「おかしいことを言いますねえ。どういうことですか。」
「じゃから、ベッドのところまで行かれんかった。通路がなくて。」
「はあ?」
「部屋がゴミだらけで歩く場所がなかった。畳の部屋なのに畳が見えんかった。あいつは すごいで。すごいところで生活しとるで。」
「他の部屋はどうじゃったんですか。」
「恐ろしゅうて見に行けんかった。」

 コアラは節約家です。自分の物を捨てるのが大嫌いです。そのくせ浪費家でもあり、いろんなものを本能に任せてどんどん飼ってきます。つまり物理的に考えると、コアラの巣(家)は、いつかは容積面で必ず限界が来ることが予想されます。そしてとっくに許容量を超えていたと想像できます。

 先日、数十年ぶりにコアラと会い、コアラのアルファードで送ってもらったというさるじろう先生の談話です。
「コアラは出世してアルファードという大きな車に乗ってきたんよ。」
「すごいですね。トヨタの高級車じゃないですか。」
「アルファードって何人乗りと思う?」
「8人でしょう。余裕で。」
「違う。2人乗り。しかも縦に。」
「どういうことですか。」
「コアラが迎えに来てのう。助手席に乗ろうとしたらビニールゴミの束みたいなのが乗せ てあっていっぱいで乗られんのんよ。」
「はあ。」
「それでスライドドア開けてくれて助手席の後ろに乗り込んだんよ。」
「アルファードじゃったらその方が広かったでしょう。」
「いいや。そこは1人しか乗れないんよ。隣の席には何やら積んであって足下もゴミが積 んであって、三列目は服やらジャージやらでいっぱいで、結局コアラのアルファードは 2人乗り。」

 何がなんだかわかりませんが、ここで得た教訓とは、年を重ねようと、結婚しようと、日本人学校に赴任して出世して教頭になってアルファードに乗ろうと、ついでに離婚しようと人間の本質はそう簡単にかわらないということですかね。
 僕はそんな価値あるコアラらしさが大好きです。

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