R33 GT-R 「マイナス21秒ロマン」

平成7年式R33GTR
  
 「マイナス21秒ロマン」
とは、当時の33RのCMで使われていた台詞である。ドイツニュルブルクリンクで32Rがたたき出した相当速いラップタイムを21秒も短縮したという意味である。そのラップタイムは、7分59秒。当時としてはまさに驚異的な記録である。


平成8年のことでした。大バカ者のワシは調子に乗って転職したことが大失敗で、それが元で家族や健康やその他たくさんの物を失い、結局逃げるようにふるさとの実家に戻りました。
 ひとりぼっちで、失業していて、無収入で元家族への仕送りやクルマのローンなどなどでどうしようもない最悪の状態でした。
 そして唯一の財産であっっ32Rを泣く泣く売却し生活費やら仕送りやら借金の返済に充てました。ワシの32Rは、しばらくは買い取り店の一番良い場所に展示してありました。ワシはこの店の前を通るたびに、
「ごめんのう。ごめんのう。」
と謝りながら目を伏せました。32Rは、やがて姿を消してしまいました。
 ワシは、ローンが四年以上残っている転職前に買ったレパードJフェリーというクルマとこれもちょっとローンが残っているセルボモードという軽自動車に乗っていました。レパードは車庫で眠るしかないので毎日セルボを使っていました。本当はレパードをすぐに売却したかったのですが、一年前にこれまた調子に乗って衝動買いしたばかりの程度抜群の中古車でしたが、ローンが残りすぎてることと、あまりの珍車で買い取り店も逃げ出すほどで、結局ローンを払い続けながら手元に置いておく以外の選択肢は見つかりませんでした。大きな図体と燃費の問題から、結局車庫に入れてしまっておくしかありませんでした。
 悶々とした日々を送っていました。はっきり言うとクルマどころではありませんでした。幸い失業保険が貰えるようになりましたので、毎日職安に通って仕事探しをしていました。そうしてどうにかこうにか某公共機関の臨時職員として一年契約で雇っていただけることになり、四月二日から勤務を始めました。
 勤務先は、思った以上に居心地が良く、平穏な毎日でありました。ワシは感謝の気持ちを込めて一生懸命働きました。わがままで傲慢でどうしようもなかったワシは、自分で言うのも何ですが、生まれ変わったように謙虚で親切で真面目になりました。なぜか、そうでいることが心地よくて、幸せだったのです。今回の人生最大のつまづきは、神様がワシを更正させるために与えてくれた違いありません。この年になって臨時職員の身分で不安も多々ありましたが、毎日を平和に平凡に一歩ずつ生きていくことの素晴らしさや充実感がワシを幸せな気持ちにさせてくれました。心のゆとりがいらんことを考えさせ、またいつもの病気が少しづつ始まっていくのです。
 実際に手放して見ると、その思い出は募るばかりです。またこんなときに限って走り屋仲間からお誘いが来たり、生意気なランエボに遭遇したり、地元のシルビアとかに粋がられて不快な思いをしたりとか色々と気になることに遭遇するわけであります。
 でももういい。そういうことからワシは降りたんだし。走るのはやめました。もう三十六だし。そう思って背を向けて、なるべく見ない聞かない係わらないようにしていたのですが、どうにもこうにも気になって仕方がない。
 そんなときに出会ってしまったのが、一年落ちの走行2000Kmの超極上R33GTR・Vスペックのシルバーでした。たぶん6月の終わりぐらいだったと記憶しています。きっとこの33Rも、前のオーナーがたいへんな事情に遭遇してワシのように売らざるを得ない状況になって未練たらたらで売ったのだろうなあという事情ありありの車に違いありません。32Rを買ってくれた中古屋さんにありました。というか出会ってしまったのです。
 ちょっと乗ってみてもいいよとあっさり言ってくれたのでお言葉に甘えてキー借りました。懐かしい「GTR」刻印が入ったチタンキーです。エンジンをかけると懐かしいRB26の咆吼。懐かしい。欲しい。乗りたい。
 試しに海岸通りに出てアクセルふかしてみたらあっという間のオーバー100Km。ターンして戻るためにPAにはいりました。若い兄ちゃんたちが車止めて談笑していました。兄ちゃんたちは新型の33Rを見て目が点になったというか、視線が痛いほどでした。ワシはゆっくりと33Rの向きを変えると、少しだけアクセルを強く踏んで加速して出て行きました。
「うーん。気分がええのう。さすがじゃのう。 33R。すごいのう。欲しいのう。」
 確か450万円だったと思います。一年落ちの走行2000キロの程度抜群のというかほとんど乗っていない33R。こんな上物はめったにというか絶対に二度と出てこないと思います。奇跡の固体じゃね。
 ワシは自分の立場や状況も忘れてこの33Rが欲しくて欲しくてたまらなくなりました。
冷静に考えたら、絶対に手を出さない方がいいにきまっています。現に今は、収支面ではアップアップです。やっと生きています。こんなん買うことなんか絶対に無理です。
 その後ワシは、無理とわかっていても念のためにいろいろとチェックしてみました。
 点検簿はOK,メーター巻いた痕跡なし。内装極上。タイヤに変な摩耗ない、板金なし。要するに程度極上、掘り出しもんでっせ。昨年出たばかりの33R。初めて実物見たのが今日の今。
 結局ワシは、支払いのことは何とかあとで工面することにして、この33Rを契約してしまいました。込み込み440万になったのは、基本的にお金がないので、セルボモードはもちろん下取りに出したからであります。店長さんもたぶんこの車を持て余していたみたいというか、この町では絶対に買う人はいないと思っていたというか。
 今考えると恐ろしいことですが、まだまだ若かったというか何も考えてなかったというか、33R一台で日々の生活から通勤から家族の送迎まで何とかなると思っていたのでした。あっそうか。レパードがあったんだ。ローン付きで
ほんの三年前の32Rのときの体験が全く生きてないというか、バカというか。
そいでもって平成8年の7月から33Rとの生活が始まりました。お金が無くて仕事もなくて、生活のために2月に32R泣く泣く売ったばかりだったのにね。もうこの手の車には絶対に乗らんって誓ったばかりだったのにね。今もお金もないのにね。仕事も辞めて帰って来たので臨時雇いの身だったのにね。
 そいでもって33Rはどんな車だったかっちゅうことですけどね。一言で言うと32Rに比べて速くて快適で乗りやすい車でした。
 例のね高速道路のね。深夜のね。32Rで200(単位なしね。問題になりそうなので)超えるとちょっと落ち着きがなくなってくるなあと。ふらふらしてちょっとハンドル修正したりしていたけど、それでも国産車では信じられないくらい安定していてすごい車だんたんですけどね。
 ですけどね。33R。まったくというか根本的に安心なんです。同じ速度で同じ道で、バシッとまっすぐ走ります。なんか、スピードが上がるほど道路に張り付くような感じで安定しているというか怖くない。空力の良さも実感というか、超高速でも余力があるというか、加速していくというか。
 コーナーね。途中からぐっと踏んでもアンダー出ません。当然立ち上がりが速いだな。中も広くて静かで快適で32Rのネガな部分を一つ一つ丁寧につぶしていったような感じでした。ただ、内装が安っぽいのと立ち姿(外観)が不細工な点を除いてはね。
 33R、ちまたではいろいろと言われていましたが、車としてのできは32Rをはるかにしのいでいたと断言します。だってワシ、オーナーでどちらも数年間所有してましたもん。
 33Rの欠点はカッコ悪いことであります。それ以外はすべて良し。と言いたいところですが、クルマにとってカッコ悪いってある意味致命的だと思いますよ。特にこの手のクルマに乗る人にとっては。
 結局、33Rですが、こんな高速道路も通ってないような山陰の田舎町では、結局性能を発揮する時も場所もなくて、燃費が悪いとか乗り心地が悪いとか、気を遣うとか疲れるとか、ネガな部分だけが気になるようになって、結局2年半で手放すことになってしまします。
 そういえば、32Rに比べて、写真もほとんど残っていない(撮っていない)ことも、ワシがこのクルマを最後まで好きになっていなかった証拠かも知れません。
 R33GTR。マイナス21秒ロマン。
 いろいろな制約の中で、それでも日産の技術陣が誇りをかけて意地になって作ったと聞きました。まぎれもないホンモノでした。だから、Rのオーラを身につけた名車に違いありません。

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