「夏の思い出・・・12歳」

たぶん特別な夏だった
夏休みを待ち遠しいとは思わなかった
友だち、先生、この町の景色
もう会えなくなることが嫌だった


夏休み前の週末
友だちの家族とキャンプに行った
夜更かしをして夜明けの海を見た
水平線の彼方のことを思っていた

終業式の前日
ブランコに乗って校舎をながめていた
先生がクラス写真を撮ってくれた
みんながたくさんの手紙をくれた

終業式の日
大掃除をして式が終わって通知表をもらっていた
教頭先生が入ってきて先生に耳打ちした
「汽車の時間に間に合わないからすぐに帰りなさい」
みんなが僕の方を見た 一斉に見た

最後の最後の時
荷物を持って教室を出た
背中で「さよなら」の声がした
涙があふれ出た

急いで走って家に着いた
タクシーが待っていた
近所のおばちゃんが見送りに来てくれた
僕の家がぐんぐん遠ざかって行った


赤とクリーム色の特急列車がやってきた
長い長い編成の列車がホームに滑り込んだ
近くでみるとずいぶん汚れていると思った
冷房が効いていて座席が全部前を向いていた

父と妹 僕と母で別れて座った
駅のホームに何人かの友だちがいた
列車がゆっくりと動き出した
手を振る友だちを見てまた涙が出た

汽車に乗るのが好きだった
あこがれの列車に今乗っていた
窓ガラスが大きくて開かなかった
窓の外の夏景色がまぶしかった

夕方になって大きな駅で乗り換えた
ガタゴト汽車の揺られて港に着いた
父も母も妹もみんな疲れて無口だった
駅前の旅館に泊まった

次の日は雨だった
大きな白い船に乗り込んだ
油の臭いがした
どこに行ってもエンジンの音がした

デッキのベンチに一人で座っていた
雨の海の潮風を浴びていた
僕の知っている海ではなかった
ずっと深く不気味な色と匂いだった

昨日のまでのことを考えていた
これから先のことは考えられなかった
何も知らないことばかりで情報が絶対的に不足していた
父はたぶん五十二歳で妹はまだ三歳だった

船が港に入ると大きな町が見えてきた
思ったよりもずっと都会で何だか安心した
相変わらず雨が降っていた
黒いタクシーで官舎に向かった

トンネルを抜けると海辺に出た
平屋の官舎が二棟 雨に濡れていた
もちろん僕たちの新しい家だった
荷物も何もない部屋はさみしいなと思った

僕は転校した
これは現実だった
これから僕は
ここで生きていかなければならなかった







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